日々の出来事や感想を「たわごと」として言いっ放しで掲載。 古いものは「蔵出し三面記事」に移動もしくは多くはお蔵入り。 ライブの記事は「ライブのツボ」に移動して保存。

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若いときぁ、現実なんて見て見ぬ振りするもんさ。

逃げるわけじゃなく、知らんぷりして湧き出てくる力を推進力に換えるんだよ。そしたら現実にはあり得ないものが生まれてきたりするもんだ。

歴史の勉強も大切だけど、未来を作ることはもっと大切なんやわ。
その大切なもんを手にしたら、歴史を作ってきた人たちの大切さも身に染みてくるもんだと思うんやな。

俺の場合、一番力になってきたのは「音楽でなんか飯食えんぞ」「お前は夢食いのバクや」です。
現実に押しつぶされそうになったら、それより大きな夢見たらええんや。

大きな志を持ってやったことは、一生力になるで。

そんなふうに思いながら見ています。


今のままじゃまるで「キャンペーンハウス」やな。
そりゃ何回か来たらオモロなくなりますわ。

ここ、ほんな「ライブハウス」でっか?

ちゃんと「ライブ」できるようになっとかんとな。
これからはホンマの意味でライブがオモロなる時代がくるで。

*キャンペーン【campaign】
ある目的のもとに組織的に人々に働きかける活動。宣伝・啓蒙活動。


甘い部分はあるよ。「遊び」の程度ね。

一見危なっかしいが、もしガチガチに固めたら大事故になるわって。
ハンドルってそんなもんやと思ってる。
でも調整は大事。

ただ一つ、俺の調整した「遊び」で遊ぶなよ。


初めて動画で見た!やっぱ素晴らしい、このメドレー。
すごいよ、ロックバンドにしてこのコーラスワーク。そしてこの自由自在さ。
オルガンの歪みとレスリーの絶妙なセッティングはここが最高かも知れん。


なんとも言えぬ不思議な魅力を秘めた彼でした。
透き通るようなきれいなあの目。
この世界でやっていく音楽と正面から向き合って、戦って戦って戦い半ばでこのような日を迎えてしまったのは、ほんとうに無念だろうと・・・。

残された3人のメンバーが一番辛いでしょうし、なにか我々ができればと思います。 これからが大事。
あれだけの感動を歳の離れた我々世代にも与えてくれたんですからね。


そして、自分がこんな仕事をしていながらも、実は中学生になって初めて連れて行った「ライブ」というものに、戸惑いながらも自然に手拍子をしだした我が娘の姿がありました。父親としてすごくうれしくなったのを今でもよく覚えています。
それが彼らのライブだったのです。
親と子を初めて音楽でつないでくれた瞬間でした。


メリークリスマス。

こうやって今年も音楽できるだけで「まず」十分じゃないですか。

お金ない?それでいいじゃないですか。

自分がやりたいことできて、それを喜んでくれる人がいて。

音楽は自己表現だけじゃない。
みんなの思いを代弁してくれてる、ほかのものでは表せない特有の力がある。

そこに僕たちは直接触れられているだけで、今日も幸せじゃないかって思うわけです。


(追記)
安らかに。

合掌。


俺達大人が無意識のうちにろくでもない世の中の仕組みを作っちゃったもんだから、その代償は確実に若者に回っています。
「今の若いもんは」という台詞は何代にわたって使われてるか想像もつかないが、若者特有のエネルギーや発想もこれまた今も昔も変わらないものであると思うのです。
このご時世、間違いなく若者は過去最大の「何か」を背負わされているように感じます。それは「負」ではなく「無」なんだと思うんです。
でも、彼らの「無」にちゃんとしたものを注いであげられれば、あっという間に吸収して本来持っている力を発揮してしまうことを大人はわすれてもあきらめてもいけないと感じるのです。

実は、相変わらず凄いですよ、今の若いもん。身近で感じるんですよ、それを。もちろん山ほど文句もある中でね。(笑)

2009年もあっという間に終わろうとしています。時間は待ってくれんのよね。


どうよ、このゴキゲンな顔面(ツラ)。
今、沖縄だって。そして勘太郎さんの家だって。
抱えてるこのギターは・・・うぉっ、あのギターやん!勘太郎さんの!!(あれは2001年1月30日のこと)
彼はその「あの時のギター」を持たせてもらってこの顔なわけです。

「あの時の若者達はいまどうしてるか?」

内田勘太郎さんからのメッセージらしいので、みんな2009年、残りもがんばりきって行きましょうぜ!


自分の持ってる“ものさし”で何もかも計ろうとするのは、ちょっと残念ですね。
ほんとに行きたいところや、起こるとうれしいことは、その“ものさし外”にあるんでしょ?

なんだかなぁ、
やっぱり若いって“伸び”がやたらとあるはずなんですよね。
きっと彼らにも見えてない“余白”みたいなもんがあるはずなんです。

さあ、自由にやろう。


「やりたいことをやる」と申しますが・・・

人間誰しも死ぬまで常に成長過程。

どれだけ迷い無く整理して突き進めるか

もしくは、

どれだけ、めんどくさいことも出来ちゃうか

っす。

日々精進、忍耐・辛抱、前進あるのみ。

出来たら楽しい!

会えたらうれしい!


ピンチはチャンスと申しますが、決して単にピンチのあとにチャンスが待ってくれているわけでもなく、ピンチがチャンスを「どうぞ」って与えてくれるわけでもないと思うのです。
ピンチはピンチでしかないと。
で、ピンチをただただ焦って吹っ飛ばそうとするとまたピンチがやってきたりするものです。

なんやでやねん!ですね。

ピンチはしっかり受け止めて、乗り越えようとした時、まさに自分の中に眠っていたパワーが引き出されるっていうんでしょうか。
そう、実は持っていた力。出せていなかっただけの力。
その自分でも気が付いてなかった力が思ってもみなかったチャンスを生み出すんでしょうね。

ただ、それを出させてくれたのは「ピンチ」。

ありがとう、ピンチ君です。


そうですね、いったい何しにひとり石垣に乗り込んだか?ですよね。
簡単に言うと音響担当および現場監督ですかね。


10日、自宅を7時に出、関空発、昼過ぎ石垣着。


着いてすぐ新聞のテレビ欄の下にAMIGO'Sの記事を見る。


そのまま、例のクーラーのない宿舎着。


すぐに音響機材の協力してくださる地元の関係者と打ち合わせ。ここもクーラーなし。心も気温もあつい!


途中で現場の石垣市民会館へ。ここの会館、公共の会館としては日本一の稼働率らしいです。たしかにイベントがいっぱいです。モンゴル800もここでやってるらしいです。


で、ステージ関連打ち合わせ。客席の床まで響くへんな構造。


なんとか音響機材、楽器関係の段取りを終わらせ19時半。やっと海を見ました。19時半でも明るいのね。


今回のライブで実行委員として一番お世話になってる真謝さんのお店「ライブ居酒屋まじゃ」で晩飯。メニューのほとんどが"軟骨ソーキ○○"です。軟骨ソーキ煮、軟骨ソーキ揚げ、軟骨ソーキそば、軟骨ソーキ丼・・・。汗だしまくりだったのでオリオンビールも水のようです。
で、宿舎に帰り扇風機にしがみついておやすみ。


11日、本番の朝、早起きしたのに時間になっても誰も迎えに来てくれないので近くにあったマックスバリューで弁当を買いのんびり。


9時入りの予定が自分が入れたのは11時半。それから大急ぎで仕込み。バンド入りが14時なのに楽器がまったく到着せず。それでもなんとか開場。17時。


始まりました。イベントを避けて組んだはずのこの日程でしたが、やっぱり他のイベントとかぶったりして実行委員の方も苦労されたようですが席は7割がた埋まりました。
17歳の天才ハーピストも飛び入り、八木さんとバトルあり。
やっぱりAMIGO'SはどこでやってもAMIGO'Sですね。満足!


打ち上げも、やはりライブ居酒屋まじゃさんで。泡盛で上がるだけ上がって行ったということで。。。最高!

朝方まで行きまくって、あっという間に帰りの飛行機でした。
石垣はまったく堪能しておりませんが、島のいろんな方にお世話になり、「いつでも行ける石垣」になりました。
で、伊丹着15:40。夕方からジャックライオン通常業務。なんだかんだあり帰宅は朝3時。鍵を持っていないので「ピンポ~ン」を連チャン。奥様起きてくれてやっと家に入れたのでした。めでたし、めでたし。
メンバーは今も向こうでゆっくりやってはります。くぅ~。


あっという間に帰路です。



天才に天才三線が加わりました。
わかりました。
音楽するのに備わってると素敵なのは、「腰のすわり」ですね。
この人、八木さんもリスペクトする方らしいですが、この人も八木さんをリスペクトしてるってお互いに言い合って飲んでます。川門正彦さん。
すごい三線です。天才です。


世の中には思いがけない奴がいるものです。
石垣でハープの天才に出会いました。17歳。
ただいま打ち上げにてアミーゴスとセッション中。




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