日々の出来事や感想を「たわごと」として言いっ放しで掲載。
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『プロは、難しいことをですね単純にするんですよ。アマチュアは簡単なのを難しくする・・・。』 ちょっとここにメモっときますわ。 でも、先に言葉じゃないんよね・・・そう思えるところまで自分がいけるかどうか。 『音を楽しむと書いて音楽』 『音が楽しむと書いて音楽』 『音で楽しむと書いて音楽』 『音と楽しむと書いて音楽』 『音も楽しむと書いて音楽』 先日、何年ぶりかにあるバンドのリーダーから俺の携帯に電話が入る。 「やれるだけやってきましたが、今度のライブで解散します。ぜひ観に来てほしいんです」って・・・。 また『最後に最後の電話』か。 バンドのスタートから数年前までジャックライオンで頑張ってたバンドがあった。 メンバーの都合でその先をあきらめ一度は解散しかけたんだけど、その後すぐに「いい話」が浮上し、なんとか活動できるカタチをねん出して市内を中心に活動。出会う人も増えて今日まできた。 俺は、ずっとネット上で追いかけてたつもりだったけどある日彼らを見失った。バンド名が変わりHPも引っ越していました。 で、最後に電話。最後の電話。 ほんとにやれるだけやってきたのか? ほんとにみんなに聴いてほしくてバンドしてたのか? なんでそんなふうに言うかって? だって、俺は「あれから」の彼らの音を聴いていないし「あれから」の彼らの姿も見ていない。俺だけじゃない、あの頃あの場にいたみんながそう。 自分たちの「出発点」にさえ何も届いて来ないバンド活動を「やれるだけやった」「みんなに聴いてほしかった」って、なんで言い切れるんだろう。 結果が出せなかったひとつのわけは、最後になってから思い出した『最初』に大事なものを置き忘れていったからじゃないのかなぁ? なぜ届けに来ない? そんなもんか?音楽って。 そんなもんか?バンドって。 そんなもんか?人って。 ひがんでるんじゃないよ。 誰か!目の前で何度も起きているこの繰り返しの中から何か学びとってくれへんか?!あのバンドもこのバンドもまるでパターンのように同じニュアンスでこんなカタチの最後の日を迎えてしまう。 若いバンドマンたちがまるで口癖のように言う。「繋がりが大切」って。 俺は、この言葉の彼らの持つニュアンスに疑問を感じずにいられないのです。 出会う人が増えればその分だけやらなければならないことも増えるのです。 年賀状書きのようにね。 2007/12/7 この日GibsonからROBOT GUITARが生まれた。 ペグに「超小型サーボモーター」が内蔵され自動的にチューニングを行うらしい。しかもGotoh製のペグより軽量というから驚きだ。 サイトにやたらと詳しい説明や動画もある。見たけりゃ見るがよい。 気をつけなければならないのは、このギターを持ったからといってロックスターになれるわけではなく、まだ「チューニングが出来た」に過ぎないことだ。 次はJIM DUNLOPからROBOT PICKが生まれるのを楽しみに待ってみよう。 いろんなことを話したけど、これは言ってなかった。 本当は一番伝えたかったのは、これだと思う。 帰りの車のなかで整理して出た言葉。 『強がるな』 それなりに長く続けてきたし、経験もいっぱいしたからこそ、曲げたくない何かも出来てしまうと思う。それはそれでしょうがない。キミだけじゃないし、むしろそれで普通。そんな年齢でもある。 でももし今、キミがいい道を歩めていれば、強がる必要もなく、謙虚でいられるはずだった。 だからこそ強がるな。 難しいかも知れんけど、難しいことにチャレンジしてるからこそ、難しいこと言わしてもらうよ。 「あの店のあの人は、がんばってるよなぁ。応援してあげてほしいなぁ。」 そんなふうにその店に出てるバンドマンにいつも伝えてたんですが、 どうやら我々は「あの店のあの人」に向こうで悪口を言われてるらしいです。 ありゃりゃ。 でも、そのことはとても悲しいなって思うんです。 他にも聞こえてきますよ。 「いつまでもジャックライオンに出ててもなぁ・・・」とかね。 ジャックでずっとやってきたバンドがその箱に出演した途端 「キミら、もうジャックライオンに出る必要はないで。」 「あそこに出てて何になる?」 って言われるらしいですからね。 おりょりょ。 またそう言って何も関係ないこれからの若いバンドマンを巻き込むやりかたは「音楽を発信する事」とは到底かけ離れた話でしょ? だから違うと思うな、そのやりかた。 「いい音楽を!」とか「No music!No Life!」とか巷では言うけど、 仕事とは言え自分のことばっかり考えててそこに「いい音楽」なんて生まれるか?! 今のことで必死で先のことなんかぜんぜん考えてる余裕ないんでしょう。 でも、しょうがないと思うわ。 だってライブハウスありすぎやし、うちもそのひとつやし。 それに反比例する以上に日本国中でお客さんは減ってるし。 実は、俺の中では、極端な話 『ライブハウスって一般の人には、すでになくてもいいものになってる』 って考えてるんよ。あくまで極端な話ね。 じゃぁライブハウスがどうしてそうなったかって? それは時代の流れもあるけど、何よりライブハウスがバンドに頼りすぎた結果かなって思うな。 「バンド活動のためのライブハウス」が 「ライブハウス維持のためのバンド」になって、 もちろんそれが露骨になると関係は成り立たないし、それじゃイカンとも思うから一生懸命バンドのことも考える。 でも結局後付なんよ。 で、そうしてるうちにいつの間にかライブハウスにとって「バンド=お客さん」みたいになっちゃってるんよね。 だから本当に足を運んでくれるお客さんが「お客さん」に見えなくなってくるわけ。 これがライブハウスの現状で、そういう「接客」や「内容」になるわけでしょ? 簡単に言えば「お客さんとしてライブハウスに来ても楽しくない」ってこと。 もちろん全部がそうじゃないし、ジャックだってそういう世の流れに直面して、 わかっていても逆らえきれずに思うようにできないこともいっぱいある。 そこでうちの若いスタッフも理想と現実の狭間で苦しんでる局面もあったり。 また、「ジャックライオンは有名な人を呼んで『売名行為』にようなやり方をしてる」とも聞こえてきますよ。 ビッグネームに媚売ってるように思われてるようです。 だからそんな言われ方するんだと思うけど、馬鹿なこと言わんで欲しいね。 「あんたがた、来たんか?見たんか?」って言いたいところですね。 例えばこのあいだの金子マリさん。そりゃ俺にとっても、業界人にとっても大きな存在の人だと思うのですが、でもね、いつもジャックに来てる若いバンドマンに「金子マリ」って言ってもほとんどのヤツが知らんよ。それが現実で現状。 だいたいどこの箱でも「経費かかるから」ってこういう人のライブ、イベンターでもかんでなければ避けてるでしょ?リスク背負うの怖いからってね。 あと、呼んでなんかないしね。縁ですよ縁。自然な流れ。 でもね、この自然な流れから生まれるホンモノの音や空気は、絶対にみんなに喜んでもらえると思って自信を持って心を込めてやっていますし、今のライブシーンに一番必要なんよ、絶対! 実際には現状がこんなだからこそ苦しいこともいっぱいですが、ライブ後のお客さんの顔見てて、「やってよかった!」の連続でもあるからこそやり続けられるし、若いバンドマンたちへも今後いいバンドになるための最高の導きになるからこそやる気も出てくるんですよね。 マリさんも若いバンドマンをすごく大切にしてくれるしね。マリさんだけでなくみんなそう。 そんな素晴らしい人、そんな素晴らしい音があって、それをいろんな人に提供するチャンスや出会いのチャンスを作れるのがライブハウスの存在意義でしょ? そして、そこに次の世代の素晴らしい音が生まれてきて、それを楽しむ次の世代のお客さんが足を運んでくれる。 ライブハウスとしてやれること、やるべきことをやってるだけです。 まぁとにかく、つまらん悪口なんか言わんでもええように、ほんまにええ音楽や素晴らしいエンターテイナーをステージに展開できるようライブハウス全部が頑張って、素晴らしいお客さんと出会えるようにせんとアカンのと違いますか? そうじゃないと、「ライブハウスは要らんもん」への速度は、今以上に急加速していきまっせ。 至極のお客さんと至極のエンターテイナー。 そこには、「特効薬」が分泌されます。 米米CLUB 再々感激祭 「ホントマツリ」編 ~マエ編とアト編で忙しくて忘れてました~ 10月 3日 (水) 大阪城ホール に、米米CLUB リーダーのBonさんから夫婦でご招待いただきました。 ライブは、あの大きな会場でスタートと同時に湧き上がってくるとてつもなく大きな、そしてパワーに満ちあふれた一体感が俺の中に「感動という特効薬」をぶち込んでくれました。 正直、耳の調子が悪いのが原因で悔しくて辛くて。音楽のこと考えると悔し涙が出てきそうな状態なんだけど、この特効薬は効きそうです。 実際、すでに効いてる気がします。爆音自体は耳に良くないとは思うんですが、10日連続点滴してもほとんど効果出てないのに、昨夜のライブ後、冷静に判断しても逆に良くなってるように感じます。 このタイミングでこのライブに出くわしたこと。そこには何かがあるんでしょうね。そんな気がします。ほんとうにありがたいことです。 3時間にも及ぶライブ。途中短い休憩があったんですが、その時トイレでトランペッターのMITCHにバッタリ会ってお互いびっくり。 聞くと、MITCHは米米の金子さん(Key)のプロデュースでソロアルバムを制作中だとか。 そんな流れでライブ後は、Bonさん、金子さん、MITCH、俺という輪の出来上がり。コレもほんと縁やと思います。不思議なものです。 そして、その都度つくづく思うのです。やっぱり「人」やわって。 だからこそこうも思うんですよ。みんな来いって!集まって来いって!ここに集まってきて間違いないわ。 そしてエエもんつくったり、楽しんだりすればいい。 それだけでええねん。 そこに特効薬が分泌されるようになったら、世の中動くで。 「感動という特効薬」 これ、この先のキーワードになりそうです。 <体験記を読むくらいのニュアンスで軽~く流してくださいね> ほんと「音色」や「音程」、「音を発するモノ」によって全く違うんだけど、今日偶然ハッキリしたのは、電話の「ツー」って音は左の方が一音低い。それで試しにやってみたんだけどKey=Aの音叉だと右耳は普通にA(ラ)なんだけど左耳で聴くとG(ソ)に聴こえるのよ。 でもまぁ、全部の音や音程がそうなるわけじゃないからね。普通に聴こえるところもいっぱいあって、どこからどうなってんのか?理屈的にはなんかややこしいんよね。 音叉でのチェック。こりゃ、回復に向かっての目安にしやすいな。よっしゃ。 いろんな人から経験談や情報もらってます。ありがとう。意外と多いこの病気の人。 今日行った「とあるグッズ」のお店の人も偶然体験者で、「カイロプラクティック」も良いと聞きました。やってみるか。 で、買ったよ「とあるグッズ」。血流改善!コイツも頼りになるかな? 会話の中に英語が混じるほうの効果が先に出るかもわからんけど。(笑・以前の記事読んだ人しかわからんね) 「0」と「1」、「1」と「2」の差はどちらも「1」なんだけど 俺には「0」と「1」、「1」と「2」の差は、「0」と「1」のほうが大きいような気がしてなりません。 一つあるのと二つあるのの差の「1」より、 まったく無いのと一つあるのの差の「1」のほうがすごく大きくて魅力的に思えるんですけどどうでしょう? まぁ、思いつきで書いてるんですけどね。 水曜日、朝起きた時にちょっときつい耳鳴りがあって、それはいつの間にかなくなったんだけど、その日の夕方買い物に行った時、ほら、店内のBGMが天井のスピーカから鳴ってるでしょ?それがね、チューニングがムチャクチャだったんよ。 「こんなひどいのって許されるの?」 程度の悪いBGMにそんなふうに思いながら帰ったわけ。 で、その日はそれくらいしか思わなかったんだけど、次の朝・・・。 翔君がホームページの日記で「チャゲ&アスカの昔の映像の演奏がひどい!」ってLINK貼ってたから見たわけですよ。そしたら演奏どころかその音のひどさに驚いたわけ。で、なんか「位相」もおかしく感じて・・・「ちょっと待てよ。こりゃ俺の耳がおかしいんじゃないか?!」って思ってTVをつけてみた。 「なんじゃこりゃ!!!」 へんな変調がかったような、金属的な、そうやなぁ昔のリングモジュレータをかけたような音が常に原音に混じって聴こえてくる。オマケに音楽は1オクターブ上の半音下が混じったようなチューニングのずれた音痴な音楽に聴こえるではないですか?! 気にしだすと、みんなの話す声も同じように変な耳に障る音が混じって聴こえる。特に高い音、ヌケル音はそれがひどい。その音のせいで耳も痛い。 気持ち悪いぞ!!! で、今日病院の耳鼻科へ。 おそらく「突発性難聴」とのこと。原因不明の病気らしい。ネットでも調べまくってたから「やっぱり・・・」って感じでした。 すぐに病院にいったから今のところ「軽度」らしいが、しばらく薬での治療。音楽がまともな音で聴けない状況ですわ。 個人的な重い話は書きたくなかったんだけど、ひとつだけ言いたくなったんで書きました。 『ちゃんと音楽が聴けるって言うのは、幸せなことです!』 今、ヒゲおやじは自分の弾くピアノやオルガンの音程すら気持ち悪くて「無理無理!」って状態でございます。 もちろん店のBGMも。増してやライブの音は強烈! 鍵盤で自己診断すると、楽器に詳しい人ならわかるだろうけど「D4~F4(鍵盤の真ん中のレの1オクターブ上のレ~ファ)」が特に症状がひどいな。ピアノのソロの曲なんか笑っちゃうくらいデタラメな調律のピアノを弾いてるみたいに聴こえるぞ! 「治る」って思ってるから今は「ネタ」として書くことが出来ますが結末はいかに?! いや~まいった。。。でも大丈夫や! 2月のAMIGO’Sライブでゲストとしてステージに立っていただいたタブラ奏者 スニール・グルンさん。 スニールさんも重い病と闘っての命を懸けたステージでした。タブラはスニール氏が病と闘う原動力となっていたのです。実は余命宣告を受けていた日付はとっくの昔に過ぎていました。それでもあれだけパワフルな演奏をされていたのです。 先ほど大山大吾郎さんからお電話をいただきました。 スニール氏がお亡くなりになったと・・・。 ここに書くべきなのか迷いましたが、あのステージを観られた方に、いまこそもう一度スニール氏の姿とあのタブラの音を思い浮かべていただきたいと思い書くことにしました。 合掌 -------------------------------------------------------------- 【 Sunil Gurung 】プロフィール 幼少の頃から音楽の才能を認められ、13歳でプロ活動。 アンナプルナバンド、ナマステバンドでパーカッショニストとして活躍。 古典音楽に限らずワールドミュージック、ジャズ、ポップス、トランス…etc.様々なジャンルで新しい音楽作りに挑戦。 魅力あるパーカッショニストとして慕われ、現在 闘病生活を送りながら音楽活動に復帰を宣言する。 面白い人って、「こう来たら、こう出す」っていうような、引き出しとかパターンをいっぱい持ってますよね。 持ってるだけでなく、その取出しが早い早い。とてもリズミカルでスピーディーでタイムリー。そこには、その会話に対する「読み」もあったり、「誘導」や「フリ」もあったり。 ドキドキします。 俺も大阪にもう25年も住んでいますが、自分が大阪の人間にはなりきれないなぁって思う大きな要素がここにあります。俺なんか元々笑いは「ハプニング」や「偶然」でしかないくらいに思っていましたからねぇ。 幼少から普段の生活の中で培われたこの「テクニック」というか「習慣」は、大阪という土地に住んでいる人たちにとったら、いわば「当たり前」のようなことかもしれませんが、俺はその当たり前が「凄いなぁ」って思うんです。もし俺が「オモシロイ人」になりたかったら、きっと「それ」を取り込もうと必死になってたんだろうなってね。 もちろん、幼少からこの大阪に育った人でも、みんながみんなでなくて、それぞれにその上手さの差もあり、得意な人もいればそうでない人もいます。しかし、全国レベルで見ればそのアベレージの高さはやっぱり特筆ものだと思うのです。 それにみんな、「オモロイ?Yes/No」って事に関しては、ある種の哲学じみた「答え」をそれぞれの人が持ってるでしょ?これってえらい事ですよ。そこには純粋だとかそうでないとか、そんなへんな線引きもないし。「あれはやったらアカンでぇ」っていうルールというか基準も存在してるし・・・。そんな地域、他にありますか?! で、この上手さ(オモシロさ)の違いのニュアンス。バンド(というか、音を出すこと)とそっくりじゃない?人を惹きつけるのは、「そこ」の上手さかな?なんて思います。使い方も含めてね。 よく「どうしたらよくなりますか?」ってバンドからの相談を受けたりしますが、こんな素晴らしい参考事例がこんな身近に、というかあなた自身が持っているということに気がついたらあっという間に光が見えてくるんじゃないのかなぁって思ってます。 偉大だよ、OSAKA文化! 音楽で何かを伝えようとする人(バンド)は、誰だってひとつくらい「心を開く鍵」を持ってるんだろう。 それが「ピタっ」っと合うと聴く人の心の中に音楽が「ド~~っ」っと入り込んでくる。そんな感じ。 聴く人もいろんな鍵穴持ってる人がいて、その数もひとつだけの人もいれば一人でいろんな扉や鍵穴もってる人もいる。 いろんな形や大きさの鍵や鍵穴があるんだろうな。 いいバンドって「こいつらいろんな鍵持ち過ぎや!」っていうくらい、いっぱい鍵持っててな。おかげでこっちはようさんあった心の扉全部開けられて完全にフルオープン状態よ。 音楽ってやぁ、「良いor悪いじゃなく好きor嫌い」って言うけど、「持ってる鍵の数の違い」かな?なんて思うよ。 若いバンドマンは、こういうバンドが持ってる数々の種類の鍵を見にくれば「面白くなる鍵」が見つけられるはずやわ。 Powered by 忍者ブログ Copyright © [ ヒゲおやじ三面記事 ] All Rights Reserved. http://higeoyazi.blog.shinobi.jp/ |