日々の出来事や感想を「たわごと」として言いっ放しで掲載。 古いものは「蔵出し三面記事」に移動もしくは多くはお蔵入り。 ライブの記事は「ライブのツボ」に移動して保存。

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結構みんな、バンドのカッコ良さは知ってやってるけど
バンドの面白さは知れずにやってる・・・。「知らず」じゃなくて「知れず」にね。


最近バンドやってて「病」になりかかってる奴いっぱいおるけど、音楽からバンドから元気や勇気や喜びを感じてバンドやりだしたくせに何やってんの?!

オモロないのにバンド活動にスガルな!
ちょっと距離置いて見てみ!一回本気で悩め!
ホンデそんなことでいちいち悩むな!
やっぱバンドは、音楽はオモロイもんやで!

病みかけた気持ちなんかぶっ飛ばしてくれる音があるはずや。それも意外なところにな。少なくとも俺はそうやったわ。
だから今も楽しめてる。いや今のほうがもっと楽しめるようになってきてる。それが俺なりの答えやわ。


継続は力なり。

とは言いますが、続けてきたことからくる「経験」や「自信」がプライドとなって曲げることの出来ない自分をつくってしまい、自分の成長を妨げることがあるようにも思います。

信じてやり続けたこと。決して「間違っている」ということはないでしょう。
ただ、曲げない自分がいるから壁にぶつかるということもあると思うんです。
壁に突進!ぶち当たっていくこともこれまた進むべき道なのかもしれませんが、そうしてるうちに壁に囲まれて進むべき道を見失うこともあると思うのです。もし上も下も囲まれてしまえば真っ暗でなにも見えなくなってしまいます。

信じてやってきた道。でもそこに自分の思う結果が得られず迷ってしまう時、自分がその道を歩き始めた最初の時のように、素直に周りを見渡しながら柔軟な選択をし直すべきでもあるんじゃないかなって、そんなふうに思います。

あきらめる前に出来ること。それは初心に帰って見直すこと。
それがほんとうに継続するためには必要なんじゃないかって・・・すごい勇気と決断が要りますが。
そう俺自身に問いかけてます。


時代は変わって、「レコーディング」や「音源発売」というものが、それはそれはとても身近になりました。
高校生でもちゃんとしたレコーディングをしてCD販売してますからね。

そこでちょっと思うことがあるんです。
バンドでも個人でも音楽はいつまでやっても発展途上なわけです。
それはみんなが思ってることだと思うんですが・・・

で、いざレコーディングしますよね。
つまり、メロディーやアレンジなんかが「形」として残るわけです。レコーディングした時に生まれたアレンジもあります。
それがね、レコーディングして半年くらいならわかるんですが、何年経ってもその「残してしまった形」に囚われている気がしてならないんです。

20歳くらいの時の「一年」って大きいじゃないですか?
やりたいことも多ければ、出来るようになることも多い。
なのに、いつまで経っても作ったCDの販促キャンペーンのように、ず~っと変わらないままのイントロからエンディング。
せいぜい2曲つないで間をちょっといじるくらいか、どっかをちょっといじったくらい。新曲がいっぱい上がってくるわけでもないし・・・。
各人がそれぞれに上手くなったりしてるのに、それに応じての変化が少な過ぎじゃないですか?

そりゃ、自分たちの「その時の思い」がいっぱい詰め込んでベストを尽くした形だから大切にしたい気持ちやこだわりはわかるんだけど・・・
もっと大胆に攻めてもいいんじゃないかって思ってしまうんです。

いま気に入ってくれてるファンをがっかりさせそうでこわいですか?
オリジナル曲を早くからやりすぎて、コピー不足からくるネタ切れですか?
変わっちゃったらCD売ることができなくて困るんですか?


「チャンス」ってやぁ、来るところにはちゃんと来てるんやわ。
でもなぁ、目に見えんもんやから見逃すんよね。
目の前まで来てるのに、みすみす逃してるシーンに出くわすもんなぁ。
で、今、目の前に見えてる方をチョイスしちまうんよね。
だって、見えないほう選ぶなんて、わけわからんし、怖いもんな。そっち行くの。
だけど、チャンスも結局、自分自身で作りだしてるんやねんけどな。
あとちょっとのところで、違う方見ちゃうんよね。おっしい!

そうやって若いヤツのところに来てる「チャンス」は、よう見えるようになったけど、自分のところに来てるチャンスは、俺も逃してるんよ、きっと。
それが先輩からは、よう見えてるんやろうなって・・・。
「あいつ、バカやなぁ」って言われてる。そんな風に思う。

まっ、若いときよりは、少しは見えるようになったとは思うけど。

チャンスがつかめるかどうかは「運」やないんやで。自分自身で作りだしてるもんなんやからな。

つかんだ人が言う言葉なんよ、「運がよかった」っていうのは・・・。


「最近のお子達」は、「ミーティング」するのが上手やねぇ。近年の学校教育の成果でしょうね。本人達にそんな自覚は皆無だと思うけど。

バンドを「学校のクラス」のように捉え、「曲作り担当」「宣伝担当」「ブッキング担当」などなど、しっかり役目役割を決める。

しっかりしてるよ。えらいもんだ!

ところがどっこい、「最近のお子達」は楽器持たないほうの会話が得意のご様子で、俺のイメージでは楽器持ってる時間より「ミーティング」と称される会話の時間の方が多いような気までするわけなのです。

で、そんなミーティングなかで、「あいつに俺は見下されてる」とか「俺の意見が通らない」とか不平不満が噴出すようです。
「学校ではみんなの意見を出し合って平等に決めていたのに・・・」みたいなもんでしょうか。

ここでいつも「おいてけぼり」になってることがあります。
それは「キミはバンドの音を構成するのに必要な奴なのか?」ということです。

スキル、キャラ、アイデアetc・・・いろんな要素があるとは思いますが、バンドはバンド内でも外でもプレーヤーとしての競争社会です。
「落ちこぼれ」の存在も当然です。
決して「みんな一緒」ではありません。大げさに言うと「バンドをやる権利」は平等に存在するでしょうが、そこから先は平等ではありません。それはバンドに限った話ではないのですがね。

誰だって「落ちこぼれ」にならないように「がんばる必要」があるのです。それはみんなが「そう」なのです。俺もそう。でも、好きやからこそ「がんばろう」と思わなくてもがんばっちゃうわけです。

「楽器持たない会話」も大いに結構なのですが「楽器で会話」しようとすることは、バンドであるからこそもっと大切なことじゃないのかねぇ。

どうやらみんな「有名になりたい」だけなのかもしれませんね。きっかけとしてはそれでいいのですが、手段として「バンド」を選んだ以上、乗り越えなければいけない事はありますし、やっている以上すぐにそれに当然ぶち当たるはずなんですがねぇ。

この間、ラジオで若手漫才師が言うてました。
「将来の夢」の話で・・・
「ゴールデンタイムのTVの司会すること」やって・・・。
そんで、ついでのようにこうも言うてました。「一流の漫才師を目指すのは当たり前としてね。」って。

わからんでもないけど、その「ついで感」に、なんかガッカリしたわ。「じゃぁやってみろや!」ってね。


「もっとお客さん呼んで欲しいなぁ」
「ライブ観に来てね、お客さんが少ないままライブが始まった時ほど、居心地悪く思う事はないんです。辛いって思うくらい。逃げたくなります。」

これ、ライブハウスのお客さんからの言葉です。

バンドマンがよく言うよね。
「友達呼んでも、しょうがないじゃないですかぁ。」ってね。
でもね、そこにいるお客さんは、少ないお客さんに向ってステージに立つバンドマンより何倍も気まずい思いをしてるんよ。
それがわからんかなぁ?

こうも言われるよ。
「たとえ自分がいいって思って、自分の友達を『○○のライブ観に行こう』って誘っても、あんな気まずい雰囲気だったら、来てくれた友達も次は『もういいよ』って来たがらないですよ。人がいっぱいいてて楽しい雰囲気で盛り上がれれば『また行きたいなぁ』って思ってくれるのに・・・。」ってね。

「動員が増えない」ってバンドマンは言うよね。
もちろん、それなりにいいライブができないとダメなんだけど、それ以前に「居心地のいいライブ」を作ろうと「そこ」に努力してないことが、まず見当違いだよね。
せっかく来てくれてるお客さんの心をリラックスさせてあげられる雰囲気が無いと、いくら勢いつけてライブしたって、「閉じさせてしまった心」には届かないよ。

自らバンドをしてる人がお客さんならその空気にも耐えられると思うけど、普通の人は無理だよ。ライブハウス来るだけで緊張するんだから。

わかる?

「お客さんを集める」っていう努力は、もしかしてバンドやり続ける中で一番大変な努力なのじゃないでしょうか?
「好きで」ギターが上手くなる努力をするように、「好きで」スタジオ入ってバンドの練習一生懸命やるように、「好きで」お客さんを集める努力ができないとダメなんじゃないのかなぁ?

だって居心地悪いんだから。せめて・・・。
そう、苦しんでるのはバンドの前にお客さんなんよ、今。



俺は君のやってる事、やろうとしてる事を信じてる。
まだまだやれない事、やれていない事もいっぱいある。

今までの自分も大切にしながら、新しい自分も見つけて行こうや。
俺ら歳とってきてるし、いろんな立場やしがらみも生まれてきとるけど
「成長」は止まってないよ。
まだまだ次があるって。

苦しいけどよ、苦しむ為に生まれてきたんじゃないやん。
別に明日急に何かが変わるほど簡単で単純なものじゃないけど
だからこそ俺たちが求めてるものが掴めれば
それも急に無くなったりしないはずなんだよね。

俺はまだそう信じてるよ。
途中でまた、雑巾がけから始めてさ、今もなお。


明日からヒゲおやじは夏休みをいただきます。
優雅に夏休みをとっているほど余裕も無いのですが、盆には盆のお勤めもあるということで・・・。

夏休みを挟んで一年の前半と後半という感じがするのですが、今年入ってからここまでのJACK LIONは「やっとライブハウスの雰囲気」が作れるようになってきたって感じではないかと思ってます。

ロックの歴史は決して長くありません。
だからまだまだ毎年毎年ロックのあり方には変化があります。
単純に言えばどんどん年齢幅が広がって行っております。
つまりロックは決して若者の文化でもなく、また逆におやじたちの思い出でもありません。
そんな中でのライブハウスのあり方として俺は世代を超えたロック共有の場であればなぁって思ってるんです。
言葉で言っても実のところはなかなか上手く行くもんでもありません。
それぞれに時代背景の違いもあり価値観の違いもあります。
ただ、ふと周りを見渡せばそれをつき合わせることのできる「現場」が無かったのも事実です。
いきなり「世代を超えて」とか「ジャンルは関係なく」って言ったって無理だと思うんですが、それができるようにする絶好の・・・というか唯一の場所がライブハウスなのではないでしょうか?

「みんな仲良く!」みたいなサムイことを言うつもりは無いのですが、ただただもう少し世代を超えて刺激しあえてもいいんじゃないかと・・・。刺激という言葉が良くないのかもしれませんね。
お互いに気持ちエエもんを作ることもできるんじゃないかと・・・。
おおいに文句も野次も飛ばしながら。


今日、ガソリンスタンドに寄ったときこんな「ゴミ箱」見つけちゃいました。
ほったらがしにしてるのもどうかと思うのですが?
これは時代背景とか価値観の問題じゃないですよね。
面白いって言ってる場合でもないと思うんですよ。たしかに俺はパッと見たとき笑っちゃいましたけどね。



故郷の「丹後」から遂に橋野さんが来てくれた。
病気をしてから半身が不自由でなかなか来る事が出来なかったこともあるのだが今日のこの日をどれだけ待ったことか・・・。

俺が今こうしてライブハウスをしているのも、もっと言えば音楽しているのも、楽器弾いているのもすべてはこの人のおかげ。いやこの人の「せい」!?

きっかけはすべてこの橋野さんだ。
橋野さんは「姫野アキラ」ちゃんのお父さんでもある。

田舎町に出来た一軒のロックのある楽器屋「あんだんて」が何もない町にどれだけロックを注入したか!バンドもスタジオもまともなライブハウスも無いあの町に・・・。
ギタリストはチョーキング・ビブラートにこだわった。
なぜだったのだろう?みんなが黙って競い合っていた。盗みあっていた。
「突然」そんなへんな町にしたのが橋野さんだ。

高校3年の時のあるライブが終わってから少しして橋野さんが手書きの新聞のようなものを作った。
そこにはそのライブのレポートがあった。その中に俺の事がちょっとだけ書いてあった。もちろんそのライブに出た全員がレポートされていたのだが俺について「真柴のキレのあるオルガン」とただそれだけ書いてあった。
たったそれだけなのだけど俺にとってはその12文字がいまだに「喜び」であり「プレッシャー」であり「原動力」なのだ。

橋野さんは厳しい訳でもなければ怖いわけでもない。いつも「Take it easy」である。
でも、いや、だからこそ音楽に対する感覚が凄い。そしてパワフルである。いまもそれは健在であった。
今日は何年かぶりに2人で「これから」をいっぱい話した。夢は尽きない。まだまだやりたい事がいっぱい出てくるのだ。

橋野さんももう58歳。俺42歳。がっちりスクラムスクラム組んで新しいワールド作って行こう。
今日はそのスタートだ。
そんな素敵な、そしてこれからにとってとても大切な日になりそうな一日でした。
2005.5.7


そんなつもりはないと思う・・・。
でも、そうなっちゃってるよなぁ。

『人気がすごく出たんだけど、そこからお客さんが増えない。』

俺も「どうやったらお客さんが増えるか?」なんていうことに「こうや!」なんて答えられる実績も明確な答えもない。

でも、「目の前で逃してしまっているお客さん」というシーンを目撃してしまうのは辛い。

ライブを多くやっているとどうしても「普通の人」はそうなっちまうのかなぁ・・・。

「目の前のお客さんにドキドキしなくなる」っていうか・・・。
これまでの実績が邪魔してるって言うか・・・。

確かに人の心をくすぐるいい音楽性は持ち合わせている。だからこそメディアも取り上げた。
でもそのメディアに取り上げられたことによって受けた恩恵は必ずしも音楽性のみに裏付けられたものではない事もわかっているはず・・・。
だったら、今こうしてはじめて観てくれる、聴いてくれるお客さんに自分達の音楽を伝える「姿勢」を貫いて欲しい。
もともと持っていたものなんだから。いい音楽してるんだから。

なんだかなぁ・・・せっかく積み上げてきたものを自ら崩してるようでねぇ。
もったいなく感じる。
伝えないといけないのは「バンドの存在」じゃなくて「バンドの音」じゃないのかな?

このままじゃ、次の世代にバトンタッチして終わっちゃうよ。


「とあるバンド」のライブが大阪市内であった。
大阪から東京へ行った「とあるバンド」が久々にツアーで帰ってきた。
東京へ行って一歩一歩進んでいる。「お客さんも増えた」「東京でも大阪でもお客さんが入るようになったから動きやすくなった」らしい。彼の語るその口調にはハングリーさと力強さを感じた。

で、本題だが・・・
その「とあるバンド」は以前からファンも多くまた久々の大阪というのもあるのだろう。80人近いお客さんが彼らを観に集まってきた。もちろんライブは盛り上がることになる。
ところがだ!その他、地元大阪の対バンが3バンド(この日の出演は全部で4バンド)あるのだが、このバンドのお客さんの少ない事・・・盛り上がらん事・・・。
会場内には100人程のオーディエンス。
でも簡単な計算をします・・・対バン3バンド合計してお客さん20人・・・ということになる。

「こんなんなら俺らだけでワンマンでええんちゃぁうんか!」

「とあるバンド」がそう洩らしたらしい。

当然だと思う。

ブッキングマネージャーはその3バンドにこんなふうに言っているかもしれない。
「この日のライブは○○バンドが東京から来るからお客さんは入るで!お前らこの日、出てみぃへんか?○○バンドはええバンドやから勉強にもなるし・・・」

よくバンドがこういう言葉を吐く・・・
「やって、メリットのあるライブ」
つまりはこう言う事だ。
「お客さんが入るライブ」
そうやって計算しているつもりなんだろうね。「損得」
合理的に効率よく・・・のつもりなんだろうね。

でも、ほんとに計算が出来るならこういう答えを出すのが正解ちゃうか?

そんなバンドは「解散!」


しかし、それではライブハウスが食って行けないからハコの都合で「悪魔のささやき」が存在する。

「この日のライブは○○バンドが東京から来るからお客さんは入るで!お前らこの日、出てみぃへんか?○○バンドはええバンドやから勉強にもなるし・・・」


「計算」と「ささやき」
どうせやるならもうちょっとレベルアップできんのかねぇ。


誰のためにライブしてんのかねぇ?
客席に誰もいないステージに立って「偉い人のダメだし」のためにライブする。
「偉い人」が腕を組んで見ている。音に中にいるのに体はまったく揺れもしない。
実にこっけいだ。
客席に人一人いないわけでは無いが本当に聴かせたくて見せたくて呼んだお客さんは何人いるの?
「一人でも多くの人に聴いてもらいたい」・・・そういいながら行き当りばったりの出来高まかせ。
「オーディエンス」と言う存在がそのライブを「偉い人」に見せるための「道具」にされている。
お客さんは「アンケート」も書かされる。感性と感情を持った自動ご意見収集マシンだ。
ステージを降りるとと何よりも先に「偉い人」の所へ行ってご挨拶。

「偉い人」が俺に言うた。
「アーチストがベストな環境でやれて育って行ける場所でありたい」と。

このライブがその「ベスト」のひとつなのか・・・?

そう、こんな状態が「偉い人」にとって「ベスト」であるわけです。
そして、このバンドにとっては将来を見据えて「やり甲斐」があり「勉強」になると『また』言うのでしょう。

「偉い人」はそんなバンドの「夢」を食って今日をベストに生きています。

皮肉れた話に思うでしょ?

でもね「夢が普通サイズ」だから食いつぶされちゃいますが、食いきれないほど大きければ生き残れますから大丈夫です。
まぁあくまでバンド側の問題です。
でも、大きな志の人は、そんな「すがるようなライブ」しないでしょうし必要でも無いでしょう。


●ライブ毎に「へこむ」わりにライブ前の練習にたいした課題が存在しない。
●へこむわりにライブのプレーに「こだわり」は無い。
●具体的に何ができれば「やり切った」と言えるかわからないまま達成感を求めてステージへ。
●「ウケたか?ウケなかったか?」からしか判断ができない達成感。
●それでも何が悪かったかを他人に聞く。
●でもその答えはライブ前の練習では忘れられている。
●良かったことは「反省」に入らない。どこが、なぜ良かったか?などはわからいまま・・・。

『そしてステージへ、ウケを求めて今日も立つ』

そんな奴が集まって『ライブ活動』が肯定されている。

これでは「ライブ家集う」だけにすぎない。

~ライブ中にふと思ってメモした内容でした。



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